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初めての執刀医、その機会は突然に◆Vol.8

スペシャル企画 2015年9月8日 (火)  橋本佳子(m3.com編集長)

――消化器外科を選んでから2年目に当たる1968年から1年間は、足利日赤で研さんを積んだ。 足利赤十字病院時代の北島政樹氏(提供:北島氏) 慶應でそれまで1年間、いろいろな手術を見ていたわけですが、(外科部長だった)星野先生のすごさは、足利日赤に実際に行ってみてよく分かりました。ただ、指導は厳しかったですね。 星野先生は若い頃、慶應病院で好んで当直し、緊急手術に率先して入っていたと聞きました。それから、癌研究会の梶谷(鐶)先生や千葉大学(後に東京女子医科大学教授)の中山恒明先生をはじめ、当時外科医として有名だった先生方の手術を随分見学に行った話を聞きました。 救急処置も手早く、的確。慶應の他の先生が使っておられた手術器具とは違う、特殊な手術器具を使っておられた。また例えば、皮膚の切開は最小限にして、血管や臓器を切除する技術も持っていた。「great surgeon great incision」と言われる時代でしたが、侵襲が少ない方法を独自に考え実践していたのです。何より、ハサミの使い方が上手。私も随分、練習しました。紙を立てて、ハサミの刃で削いでいく。力を入れすぎると、破れてしまう。...