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目指せ御調町!目指せ「御三家」!◆Vol.17

スペシャル企画 2019年2月17日 (日)  橋本佳子(m3.com編集長)

――涌谷町町民医療福祉センターのオープンは1988年11月。モデルとした広島県御調町に近づくため、どのような取り組みを重ねていったのだろうか。 当時、地域包括ケアの先駆け的な取り組みをしていたのは、広島県のみつぎ総合病院、長野県の諏訪中央病院、新潟県のゆきぐに大和総合病院。これら「御三家」に続け、と号令をかけ、スタートしました。 涌谷町には、箟岳という標高200メートルくらいの低い山があり、その麓にあるのが、涌谷町町民医療福祉センター。涌谷町国民健康保険病院、介護老人保健施設、訪問看護ステーションなど医療・介護サービスの拠点のほか、涌谷町の保健、医療、介護、福祉の関係課も全て揃っています。 1988年11月、病院は40床でスタート。翌1989年4月には健康推進員制度が発足、増床(62床)、1991年1月に在宅介護支援センター開設、3月には増床(100床)という形で、段階的に体制を整えていきました。 当初力を入れたのは職員の採用ですが、苦労しましたね。医師は私と、自治医大の1期生2人、2期生1人の計4人。内科系2人、外科系2人という内訳でした。整形外科の患者さんが多かったので、東北大に派...