平成10年代(1998-2007年)、各地の基幹病院産婦人科では、一人医長が24時間分娩を担うという無謀な診療体制から産科医が逃げ出し、病院は産科を休止、妊婦が産み場を探してさまようという異常事態が起きていた。【平成の医療史30年◆生殖医療編】では、周産期医療が“医療崩壊”の代名詞となった時期に日本産科婦人科学会で理事長を務め、産科医療提供体制の大転換に役割を担った吉村泰典氏の話を聞く。全3回。(取材・まとめ:m3.com編集部・軸丸靖子、同編集長・橋本佳子、取材は2018年12月6日)たらい回...