1. m3.comトップ
  2. 医療維新
  3. 起こるべくして起こった降圧剤論文問題-曽根三郎・日本医学会利益相反委員会委員長に聞く◆Vol.2

起こるべくして起こった降圧剤論文問題-曽根三郎・日本医学会利益相反委員会委員長に聞く◆Vol.2

インタビュー 2014年2月18日 (火)  聞き手・まとめ:池田宏之(m3.com編集部)

――問題の発生以降、厚労省の検討委の中間報告、日本医学会や全国医学部長病院長会議などが、ルール作りを進めきました。日本での経緯を教えてください。 米国は1980年にバイドール法を作って、大学の特許を利用した産学連携の研究を進めてきました。1990年代には、新しい医薬品を生みだすなど大きな成果が出ましたが、資金の流れがある以上、深刻な問題が起こり、少年が死亡する事態となった1999年のゲルシンガー事件で、大きく変わりました。その後、2000年には資金提供を開示するCOIマネジメントを盛り込んだ、世界医師会のヘルシンキ宣言が出ました。 日本は、ヘルシンキ宣言から3年後の2003年に、臨床研究の倫理指針が公表され、COI状態の開示を求めましたが、もっと早く対応すべきでした。2006年には文科省の「臨床研究の利益相反ポリシー策定に関するガイドライン」の策定で、私が班長を務めました。その後、癌治療関連の学会や日本内科学会、日本医学会のCOI指針の策定にも携わってきました。日本医学会に最初にCOIマネジメントのガイドラインができたのは2011年。日本のCOIマネジメントは、15年遅れです。 私が一...