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留学途中、教授の帰国指示を断る◆Vol.12

スペシャル企画 2015年9月12日 (土)  橋本佳子(m3.com編集長)

――留学時代は、さまざまな文化の違いにも直面して刺激を受けた。 家の前にオランダ人やアメリカ人の家族も住んでいて、病気の話をよくしていた。日本では、まだ癌の告知をしない時代。驚いたのは、彼らが「癌の告知をされないと、その先の生活を考えることができない。だから必ず告知してもらいたい。それがアメリカの文化だ」と言っていた時。 癌告知は日本では遅れました。私は1991年に慶應大に教授として戻りましたが、その当時でも癌告知が一般的ではなく、「娘さんに言うと、顔に出て本人に伝わる」「家族の中で、男の人を呼んでください」。そんな時代でした。 ドライブ好きな北島氏。留学中の夏休み、家族でカナダへ旅行した(提供:北島氏) ――研究に打ち込んだだけでなく、週末にはパーティーを開くなど、アメリカならではの生活も楽しんだ。 留学していたのは1975年から1977年の2年間。1976年がアメリカ合衆国の200年祭。ちょうど日本の帆船がボストンに来たりして、華やかな時期でしたね。 ハーバードは、若手の研究者を集めて、年に2回くらい、記念ホールで、若手のフェローを集めて発表会を開いたり、著名な先生の講演会も開いた...