「カーネギー会合」、科学技術政策の参考に◆Vol.26
スペシャル企画
2015年11月26日 (木)
橋本佳子(m3.com編集長)
――井村氏は、1998年から2004年まで科学技術会議、総合科学技術会議の議員を務めた。 さらに2期目の時、2001年に総合科学技術会議に改組され、第2期科学技術基本計画の策定委員会の委員長を引き受けました。さまざまな立場の方に来ていただき、かなり長い時間をかけて議論し、基本計画を策定。その中で「総合科学技術会議は、日本の科学技術政策の司令塔にする」ことを明文化し、国立大学の施設の改善のために、文部科学省は早急に計画を作るべきという長年の懸案もそこに盛り込みました。 その一環として、財務省と科学技術関係の予算を決めるための話し合いの場も新設しました。それを基に、各予算について、「S、A 、B、C 」の評価を付ける。Sは最優先、Aは基本的に通る、Bも基本的に通るけれど減額される、Cは通らない。かなり関係者から恨まれましたが、司令塔の役割は一応果たせるようになったわけです。 総合科学技術会議になってからは、総理を交えた1時間の会議を毎月1回やっていました。政策的な説明は大抵30分ぐらいで済み、残る30分はその時々のホットなテーマを紹介して、総理をはじめ大臣の方々に聞いてもらう場でした。最初...
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