1. m3.comトップ
  2. 医療維新
  3. 北大病院長時代「つぶされてたまるか」◆Vol.22

北大病院長時代「つぶされてたまるか」◆Vol.22

スペシャル企画 2016年4月22日 (金)  橋本佳子(m3.com編集長)

――2007年4月から3年間、北大病院長を務めたが、それに先立ち、その前の2年間、副病院長を務めた。 医学部バスケット部の先輩に当たる放射線科教授の宮坂和男先生が、病院長選に出て当選した時、先生から「お前、副院長やってくれないか」と言われたのです。いったんは断ったのですが、宮坂先生を病院長に推薦していた一人が私なので断りきれずに、引き受けました。 宮坂先生が病院長に就任したのは、2004年度の国立大学法人化から1年後の2005年4月。法人化の時点で北大病院は巨額の赤字を出していたので、さまざまな改革を進めるために、病院長の権限を強化し、病院長や副院長など幹部だけから成る病院執行会議を最高意思決定機関とし、科長会議には「報告事項」のみを提示する体制に変更しようとしたのですが、「何十年も続いている北大病院の意志決定方式を、なぜ変える必要があるのか」「院長の独裁だ」と科長会では猛反対されました。 なぜこのようなトップダウンの大改革が必要だったのか。それは、2004年度の法人化当初、北大病院は約500億円もの借金を抱えていたからなのです。1994年に新病院を竣工した際の借り入れ金額が大きく、国...