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特養は「誤嚥性肺炎製造工場」だった◆Vol.21

スペシャル企画 2017年9月21日 (木)  橋本佳子(m3.com編集長)

――裁判は2005年9月に終わり、その後、東京都世田谷区の介護特別養護老人ホーム「芦花ホーム」で、常勤医の仕事を始める。それまで長年、外科医として仕事してきた石飛氏。メスをおき、全く異なる世界に身を置くことに、抵抗や戸惑いはなかったのだろうか。 2005年末から勤務している、特別養護老人ホーム「芦花ホーム」(写真:的野弘路) 実は済生会中央病院で手術をしていた頃から、高齢化し、結局は身体が衰えていく患者の増加を感じていた。イギリスまでホスピスを見学に行く機会もあり、人生の最期を目の前にしても人間らしい生活をしている様子も目の当たりにした。治せた患者の病室には足を運んで調子のいいことを言いながら、治せない患者の病室には足がなかなか向かない自分が嫌になっていた。「人間として情けない」って。 うちのカミさんは看護師。病院勤務から訪問看護師になり、当時、そして今も「芦花ホーム」を運営する世田谷区社会福祉事業団の仕事をしている。裁判がほぼ終わる頃、ちょうどカミさんから、前任の常勤医が病気になられたことを聞いてね。それで僕が手を挙げた。かみさんは、同じ職場で仕事をするのを嫌い、「絶対にやめてくださ...