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「……このまま病院まで運んでくれ」【連載小説「朔風」第106回】

スペシャル企画 2017年11月3日 (金)  久間十義(小説家)

[あらすじ・登場人物はこちら] [連載第1回はこちら] 院長の瞳孔に問題はなかった。しかもきちんと意識があるらしく、健太朗の指の動きをしっかり目で追っている。 「…………」 院長が彼に何かを言いたげに唇を動かした。ちょっと呂律が怪しいような気がした。 「何ですか? 院長先生、何を仰っているんですか?」 必死で耳を傾けた健太朗に、大迫はほとんど声にならない声を出した。大丈夫だ……、ちょっと疲れただけだ……、と言っているように彼には聞こえた。 院長の口許を健太朗はじっと観察した。涎は出ていない。顔面を眺めても、はっきりと麻痺が生じているようには見えなかった。 「院長先生、視野は大丈夫ですか? 狭まっていませんよね? 頭の痛みはありますか?」 その問いに、院長は頷きで答えた。健太朗の言葉を院長は理解していた。 「身体に麻痺はありませんか? 思うように動かない部分はありませんか?」 院長の唇が綻んで、ちらりと笑ったように見えた。健太朗は大迫の様子から脳梗塞を疑ったのだが、大迫院長だって自己診断はお手のもの。自分の症状から、どんな病気が疑われるのかは先刻承知しているらしかった。 「こ…こ…は……...