m3.com トップ>医療維新>スペシャル企画

スペシャル企画
Page
生まれ変わっても外科医◆Vol.302015/9/30

――「ディスラプティブ・イノベーション」は、国際医療福祉大学でも実現を目指す。国際医療福祉大学学長室...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

生涯の恩師は3人、墓参を欠かさず◆Vol.292015/9/29

――北島氏は1941年生まれ。この8月で74歳になった。非常に健康で、学内外の活動に精力的に取り組む...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

成田の医学部、2017年度開校目指す◆Vol.282015/9/28

――国際医療福祉大学は2016年4月、看護学部と保健医療学部の二つの学部を持つ、大学としては5つ目の...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

「一身独立して一国独立す」の精神で◆Vol.272015/9/27

――国際医療福祉大学の理念の一つが、「社会に開かれた」大学。その理念実現に向け、開始したのが、キッズ...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

国際医療福祉大学の学長へ◆Vol.262015/9/26

――慶應義塾大学を定年退職したのは2007年3月。自らの後継者についてはどう考えていたのか。慶應の場...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

「Kitajima Prize」、国際消化器外科学会に創設◆Vol.252015/9/25

――2013年にヘルシンキで万国外科学会学術集会が開かれ、その時に国際消化器外科学会の中に「Kita...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

外科医の集大成、万国外科学会会長に◆Vol.242015/9/24

――北島氏は、医学の分野ではトップジャーナルのNEJMの編集委員を2002年から務めるなど、対外的な...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

教育充実向け、各科予算30%カット◆Vol.232015/9/23

――1999年から2年間、病院長を務めた後、2001年に慶應大医学部長に就任した。医学教育においては...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

赤字の慶應病院の黒字化に成功◆Vol.222015/9/22

――1999年から慶應大学病院の病院長に就任、さまざまな業務改革を実施した。病院長になってまず始めた...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

王監督の胃癌、腹腔鏡下手術で全摘◆Vol.212015/9/21

――1991年の慶應大の外科教授就任時に掲げたテーマ、3つ目が「外科腫瘍学」だ。腫瘍については、従来...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

2000年、第100回外科学会の会頭に◆Vol.202015/9/20

――北島氏は、2000年という節目の年に開かれた、第100回の記念すべき日本外科学会定期学術集会の会...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

「da Vinci」、アジアの第1号機導入◆Vol.192015/9/19

――1991年の教授就任時、取り組むべき3つのテーマとして掲げた一つが、低侵襲・個別化手術だ。フラン...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

臓器移植、「数より質で勝負」◆Vol.182015/9/18

――肝臓移植を実施し、先進医療として申請するには、2症例の経験が必要だった。慶應の移植で優れたところ...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

慶應大教授として15年計画を立案◆Vol.172015/9/17

――苦労が多い中でも、北島氏は1991年5月の外科教授就任から、65歳という定年までの15年間のプラ...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

1991年、外科教授として慶應大に復帰◆Vol.162015/9/16

――1991年5月、14年ぶりに慶應大に戻り、外科教授に就任する。若手の頃、そして杏林大学の教授にな...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

自由度高い杏林大、多数の業績残す◆Vol.152015/9/15

――手術の低侵襲化については、内視鏡下手術の導入を検討するほか、開腹での手術手技についても研究を重ね...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

国試合格率に苦労も、臨床と研究に邁進◆Vol.142015/9/14

――1977年9月から1991年4月の杏林大学時代、苦労したのが、医師国家試験の合格率。医学生を集め...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

杏林大、2番目の生涯の恩師に会う◆Vol.132015/9/13

――杏林大学の医学部は、1970年に開設したばかりで、北島氏が同大第一外科に講師として赴任したのは1...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

留学途中、教授の帰国指示を断る◆Vol.122015/9/12

――留学時代は、さまざまな文化の違いにも直面して刺激を受けた。家の前にオランダ人やアメリカ人の家族も...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

恩師の教授、「Academic surgeonを目指せ」◆Vol.112015/9/11

――ハーバード大学におけるストレス潰瘍の研究に当たっては、内視鏡を日本から取り寄せるなど、独自のアイ...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

ハーバード大学に2年間留学◆Vol.102015/9/10

――足利時代、臨床に研究に、フルに活躍していた。足利日赤に赴任する際に、買ったのが、2台のニコンの一...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

医師6年目で学会のシンポジストに◆Vol.92015/9/9

――足利日赤と川崎市立病院で、幅広く外科の研修を実施した。その2年間を踏まえ、その後のキャリアをどう...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

初めての執刀医、その機会は突然に◆Vol.82015/9/8

――消化器外科を選んでから2年目に当たる1968年から1年間は、足利日赤で研さんを積んだ。足利赤十字...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

半年遅れで国試合格、消化器外科に◆Vol.72015/9/7

――尊敬していた恩師のいる消化器内科ではなく、最終的に消化器外科を選んだのは、どのような理由からだろ...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

医師国試、インターン闘争でボイコット◆Vol.62015/9/6

――慶應の医学部長には、野球部出身者が多いという。野球は6年生の夏までやっていました。私以外に、医学...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

コスト考慮、総合診療医は得意◆三重大学Vol.32015/9/5

三重大学大学院医学研究科家庭医療学講座では、研究を重視した人材育成をはじめとして、医学部1年生からの...

シリーズ:改革進む医学教育

「王監督」野球部、キャプテンとして優勝◆Vol.52015/9/5

――早慶戦の応援だけでなく、自らが医学部の野球部に入り、6年生の夏まで野球を続けた。まだ新設医大がな...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

医学部時代、競って英語の教科書読破◆Vol.42015/9/4

――慶應高校卒業後、無事、希望する慶應義塾大学の医学部に入学。1960年のことだった。学生時代、印象...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

成績優秀、慶應医学部の進学決まる◆Vol.32015/9/3

――独立自尊の校風の中、過ごした慶應高校時代。授業にもその校風が現れていた。慶應高校では、英語のほか...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

「ピッチャーで4番」野球少年から慶應高校◆Vol.22015/9/2

――北島氏と言えば、野球。慶應医学部時代は、野球に明け暮れたが、小学校時代から野球少年だった。当時は...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

「孫の一人は医師に」、祖父の一言◆Vol.12015/9/1

「私の医歴書」。8月の日本医学会会長の高久史麿氏に続き、ご登場いただくのは、慶應義塾大学名誉教授の北...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

今後の課題は「フリーアクセス」「自由標榜」◆Vol.312015/8/31

――最後に、日本の今後の医療を担う若手医師、医学生へのメッセージをお聞きした。84歳の今でも、多忙な...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

運良く「時の流れに身を任せ」◆Vol.302015/8/30

――例えば、東大医学部入学時、あるいは卒業時など若い時代において、東大教授、自治医大学長、日本医学会...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

高校で総合診療医を“青田買い”◆三重大学Vol.22015/8/30

総合診療医の育成に当たって「研究」に力を入れる三重大学大学院医学研究科家庭医療学講座(竹村洋典教授)...

シリーズ:改革進む医学教育

研究重視で総合診療医を養成◆三重大学Vol.12015/8/29

三重大学大学院医学研究科家庭医療学講座(竹村洋典教授)は、地域医療を担う総合診療医の育成で有名だ。2...

シリーズ:改革進む医学教育

自治医大の創設時、「一番のやりがい」◆Vol.292015/8/29

――学生時代、医師になってから教授になるまで、自治医大と東大の教授時代……。定年退官後からも24年、...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

医師の長男、「長嶋一茂の心境」◆Vol.282015/8/28

――高久氏の子供は3人。うち医師になったのは長男だ。家族のことですか。家内は、あまり詳しいことは聞い...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

卓球からテニスに「転向したわけ」◆Vol.272015/8/27

――84歳になった今でも、さまざまな活動を続ける高久氏。その健康の秘訣はどこにあるのだろうか。「高久...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

専門医、「標榜」と将来は連動◆Vol.262015/8/26

――高久氏は厚労省の「専門医の在り方に関する検討会」の座長を務め、2013年4月に報告書をまとめ、2...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

医学部、新設するなら第二の自治医大◆Vol.252015/8/25

――長年、医学研究だけでなく、医学教育、医療政策にかかわってきた立場として、今の日本の医療をどう見て...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

無医地区が全国で2番目に多い県◆広島大学Vol.32015/8/24

広島県は北海道に次いで2番目に無医地区が多い。人口約280万人の県に、医学部があるのは広島大学のみ。...

シリーズ:改革進む医学教育

瑞宝大綬章を受章、「教育への評価」◆Vol.242015/8/24

――長年の血液関連の研究成果に対し、ベルツ賞、武田医学賞など、高久氏は、さまざまな賞を受賞している。...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

4年生全員が4カ月間の研究実習◆広島大学Vol.22015/8/23

広島大学は、2012年度から医学部4年生全員を対象にした4カ月間の研究実習を始めた。これまで、4年生...

シリーズ:改革進む医学教育

自治医大学長と日本医学会会長を兼務◆Vol.232015/8/23

――自治医大学長の傍ら、2004年度からは日本医学会会長に就任した。その前の数年間、副会長をやってい...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

特攻直前、「手術を代わってやれず、後悔」◆Vol.22015/8/23

戦艦「大和」の出撃は実は一見無謀の出撃に似て、その実、終戦とその後の民族復興のための祭壇に備える(原...

95歳元軍医が語る戦争「食べないと人は餓鬼になる」◆Vol.12015/8/22

戦後70年目となる今年8月15日、95歳の元海軍医、佛坂泰治氏が『「雪風」からみた「大和」の最期』(...

分子生物学の拠点作りから教育まで◆Vol.222015/8/22

学長時代の良い思い出の1つに、2007年12月の天皇・皇后両陛下の自治医大への御行幸のことがあります...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

自治医大、通勤時間は片道1時間50分◆Vol.212015/8/21

――自治医大学長の就任は、1996年。それから2012年までの16年間、学長を務めた。1996年の少...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

国立国際医療センターで厚生省とのパイプ作り◆Vol.202015/8/20

――1982年の東大教授就任時、「本当に忙しくなるのは、東大を定年で辞めた後」と言われた高久氏。実際...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

1年生から「チーム医療の基礎を学ぶ」◆広島大学Vol.12015/8/19

医学部教育の「2023年問題」を受け、全国の大学がカリキュラムの再編成に追われている。さらに、地域医...

シリーズ:改革進む医学教育

全1216件中 501-550件