m3.com トップ>医療維新>スペシャル企画

スペシャル企画
Page
UCLA留学の最大の成果は「柔道」◆Vol.152016/2/15

――二村氏が留学したのは、第一外科の助教授時代。1987年9月から1988年6月までのことだ。塩野谷...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

医局に入る意味は?教授職も魅力無し◆Vol.42016/2/14

「医局に入局しない」という選択肢も一般的になった。渋谷医局には入っていますか?伊藤僕は入っていません...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

塩野谷教授、「一升瓶片手に論文読む」◆Vol.142016/2/14

――塩野谷教授は、厳しいながらも、学ぶことが多い先生だったという。朝は6時に病院に来るのが、先生のラ...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

外科手術向上に必須の「三要素」◆Vol.132016/2/13

――肝門部胆管がんを専門とするようになったのは、どんな経緯からなのだろうか。経皮経肝胆道内視鏡(PT...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「二村先生、出血が止まりません」◆Vol.122016/2/12

――卒後6年目の入局。しかも先輩が多い名大第一外科の腫瘍グループ。八千代病院でのアルバイトと並行する...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

卒後6年目、名大第一外科に入局◆Vol.112016/2/11

――がん研病院で研修したのは、1973年4月から1974年9月までの1年半。その間に本当にいろいろな...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

手術の次に大事なのは「記録」◆Vol.102016/2/10

――梶谷先生にまつわるエピソードは尽きない。梶谷先生は、後進に厳しかっただけでなく、自分にも厳しい先...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

手術は逃げるべからず、「鐶語録」◆Vol.92016/2/9

――医師免許取得から5年目の1973年4月から1974年9月までの1年半、東京のがん研病院(現がん研...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

20年後、総合診療医は増える?“消える”科は?◆Vol.32016/2/8

渋谷20年後の医療、社会の変化はどうでしょうか。人口減少で地方は過疎化して、単身世帯が増え、医師がい...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

がん研で「別次元の手術」に出会う◆Vol.82016/2/8

――八千代病院時代、がん研病院に研修に行き、出会った梶谷鐶氏が、人生2人目の師となった。梶谷先生の手...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「野戦病院」で医師の基礎を築く◆Vol.72016/2/7

――1969年4月からの卒後1年間は、柔道にまい進した後の“燃え尽き症候群”で、ほとんど研修せず、柔...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

かろうじて卒業も、1年は「遊学」◆Vol.62016/2/6

――名大医学部時代、最後の難関となったのが、卒業試験だ。6年生の時の柔道部の最後の七帝戦で優勝できな...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

七帝戦、主将で戦い、東大に負ける◆Vol.52016/2/5

――名大柔道部時代の一番の思い出は、やはり七帝戦だという。特に、思い出深いのは、優勝した大学3年の時...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

20年後、医師はコモディティ化する?◆Vol.22016/2/4

渋谷20年後の医療の在り方ということで、皆さん、どういうイメージを持っているでしょうか。20年は長い...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

人生の師、岡野師範の薫陶受ける◆Vol.42016/2/4

――名大柔道部の岡野師範の下、師範が亡くなるまで5年間柔道に打ち込む、まさに柔道中心の生活だった。柔...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

柔道優先で一浪、名大医学部に入学◆Vol.32016/2/3

――ひたすら柔道の練習をし、試合に出るという、柔道一色の高校生活だったものの、授業だけは、出ていたと...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「20年後のドクター像を描く」、座談会◆Vol.12016/2/2

20年前の1995年、14.5%だった高齢化率は2015年に26.0%になり、2035年には33.4...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

実家は薬局、二男として誕生◆Vol.22016/2/2

――二村氏が生まれたのは、1943年6月13日。実家は、今の名古屋市南区にある薬局だった。旧東海道筋...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「がん研魂」と「柔道魂」に生きる◆Vol.12016/2/1

胆道がん治療の第一人者として知られる、名古屋大学名誉教授の二村雄次氏。今はメスを置いたが、現役時代は...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

人生に悔いなし、生まれ変わっても小児外科医◆Vol.312016/1/31

――長年、医学教育に携わってきた立場として、水田氏は、医学教育、医師国家試験などにも厳しい目を向ける...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「孤独に強いこと」がリーダーの条件◆Vol.302016/1/31

――現職も含め、長年、トップとしてマネジメントする立場にある水田氏。より良いリーダーの条件をどう考え...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

子供向け図書館、「ビブリオキッズ」の館長◆Vol.292016/1/30

――「子供好き」を自任する水田氏。2012年6月に福岡市にオープンした「ビブリオキッズ」という、子供...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

2017年4月、看護大学の新設目指す◆Vol.282016/1/30

――学校法人福岡学園は、2017年4月の開学を目指し、看護大学の設立準備を進めている。口腔ケアも含め...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

福岡歯科大学理事長、「全ての時には季節」◆Vol.272016/1/29

――結局、九大理事・副学長は、2010年9月までの2年間、務めた。病院長時代と、理事・副学長の立場で...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「女性限定の教授枠」で女性教員増へ◆Vol.262016/1/29

――九大理事・副学長として「男女共同参画」の推進にも取り組んだ。従来から九大でも、「男女共同参画」に...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「G30」採択で国際化、13大学の1大学◆Vol.252016/1/28

――九大理事・副学長として担当となった三分野の一つが、「国際交流」。政府が「留学生30万人計画」(2...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

九大副学長、理事に「デモドリ」◆Vol.242016/1/27

――2008年3月に九州大学病院長の任期を終え、同年4月から9月は、福岡歯科大学の客員教授を務めた。...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

母の介護との両立、「くよくよ」せず乗り切る◆Vol.232016/1/26

――病院長の任期は1期4年。2008年3月まで務め、退任した。私は、病院長になるまで、経理や財務など...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「キーパーソンに任せる」「何事もフェアに」◆Vol.222016/1/25

――さまざまな改革を進める中、国立大学は定員削減の一辺倒で、2005年度末に、九大病院の定員を13人...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

長年の夢、小児医療センターは「森のお医者さん」◆Vol.212016/1/24

――水田氏が病院長を務めていた時代、九大病院は施設整備を進めており、2006年4月には、新病棟がオー...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

九大病院長就任、1年目で単年度収支は黒字に◆Vol.202016/1/23

――病院長になって最初は、新たな経験の連続で苦労は多かったものの、次第に軌道に乗り始めた。病院長にな...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

九大の法人化、2004年度から病院長に就任◆Vol.192016/1/22

――2004年度から、九州大学をはじめ、国立大学は法人化された。経営環境が大転換するという重要な時期...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

日本とアジア、小児外科学会の会長◆Vol.182016/1/21

――教授就任から最初の5年は教室の体制作り。次の5年として、「小児外科の発展のために尽くす」ことを目...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「Visiting Professor」で国際化◆Vol.172016/1/20

――教授時代に力を入れたのが、教室の国際化だ。海外の学会に出席させたり、留学生や海外の有名な教授たち...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

研究成果、「個人のものにあらず」◆Vol.162016/1/19

――生体肝移植を担当していた、肝・胆道グループのほか、他のグループも、それぞれに実績を上げた。私が専...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

九大の生体肝移植、1例目を手掛ける◆Vol.152016/1/18

――就任から最初の5年間、力を入れたのが、教室の体制固めだ。まずは徹底的に手術を教えました。昔はね、...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

女性の教授、「全うしなければ」と覚悟◆Vol.142016/1/17

――その後、1983年10月から、1986年3月まで、福岡市立こども病院の外科部長に就任する。こども...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

学位取得、九大第二外科初の女性助手に◆Vol.132016/1/16

――1970年4月、2年間の留学を終え、九州大学の第二外科に戻る。大学紛争が一応、収束したとはいえ、...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

初の論文、腸重積の症例分析まとめ帰国◆Vol.122016/1/15

――九大時代は、「なぜ女性が外科に……」と見る目もあったけが、イギリスではなかった。おかげで2年間の...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

多忙な中、半年ごとの休暇を満喫◆Vol.112016/1/14

――忙しい中でも、初めての留学、初めての海外での生活を楽しむ機会もあった。リバプールに着任した2月は...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

手術名手、Big Daddy の「Magic」◆Vol.102016/1/13

――多くの症例を経験できたものの、リバプール小児病院は、系統立てて学ぶというよりは、日本式に「ボスを...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

留学時代、2年で1200例の手術経験◆Vol.92016/1/12

――1968年3月、リバプール大学附属AlderHey小児病院での研修を開始する。リバプール時代、入...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「一生続くわけではない」と苦労乗り越える◆Vol.82016/1/11

――今は、外科に進む女性医師は少なくないが、当時は、「女性に外科医は無理」とのイメージがあったという...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「腸閉塞のハンサムボーイ」で進路変更◆Vol.72016/1/10

――立川米空軍病院でのインター時代、将来を決める、ある患者に出会う。インターンをしたのは、1966年...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

インターン闘争時代、立川米軍病院で研修◆Vol.62016/1/9

――3年になり、専門課程に進学してから、入会したのが、「英語で医学を学ぶ会」。1966年3月九大医学...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

九大入学、最初に出血を見て「失神」◆Vol.52016/1/8

――1960年、子供の頃から憧れていた、九州大学医学部に入学した。ところが、入学後のオリエンテーショ...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

高校時代、成績トップも物理でつまずく◆Vol.42016/1/7

――高校の成績はトップで、勉強も、読書も歴史が大好き。一方で、嫌いになってしまったのが、物理。長崎東...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「九大医学部」希望に担任あきれる◆Vol.32016/1/6

――1957年、長崎市内の長崎県立東高等学校に入学。親元を離れ、下宿生活を始める。中学校の1学年の半...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

九大に入院、「さっちゃんはお医者さんになる」◆Vol.22016/1/5

――医師を目指すきっかけは、5歳の時に、麻疹から中耳炎になり、九大病院に入院した経験だ。母からは、「...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

「女性初」の人生、「まさかの坂」にあらず◆Vol.12016/1/4

「九大、大好き人間」。水田祥代氏は自らをこう形容する。数えで6歳の時、九州大学病院に入院した頃から九...

シリーズ:私の医歴書◆水田祥代・九州大学名誉教授(福岡学園・福岡歯科大学理事長)

全1378件中 501-550件