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スペシャル企画
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国試合格率に苦労も、臨床と研究に邁進◆Vol.142015/9/14

――1977年9月から1991年4月の杏林大学時代、苦労したのが、医師国家試験の合格率。医学生を集め...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

杏林大、2番目の生涯の恩師に会う◆Vol.132015/9/13

――杏林大学の医学部は、1970年に開設したばかりで、北島氏が同大第一外科に講師として赴任したのは1...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

留学途中、教授の帰国指示を断る◆Vol.122015/9/12

――留学時代は、さまざまな文化の違いにも直面して刺激を受けた。家の前にオランダ人やアメリカ人の家族も...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

恩師の教授、「Academic surgeonを目指せ」◆Vol.112015/9/11

――ハーバード大学におけるストレス潰瘍の研究に当たっては、内視鏡を日本から取り寄せるなど、独自のアイ...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

ハーバード大学に2年間留学◆Vol.102015/9/10

――足利時代、臨床に研究に、フルに活躍していた。足利日赤に赴任する際に、買ったのが、2台のニコンの一...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

医師6年目で学会のシンポジストに◆Vol.92015/9/9

――足利日赤と川崎市立病院で、幅広く外科の研修を実施した。その2年間を踏まえ、その後のキャリアをどう...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

初めての執刀医、その機会は突然に◆Vol.82015/9/8

――消化器外科を選んでから2年目に当たる1968年から1年間は、足利日赤で研さんを積んだ。足利赤十字...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

半年遅れで国試合格、消化器外科に◆Vol.72015/9/7

――尊敬していた恩師のいる消化器内科ではなく、最終的に消化器外科を選んだのは、どのような理由からだろ...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

医師国試、インターン闘争でボイコット◆Vol.62015/9/6

――慶應の医学部長には、野球部出身者が多いという。野球は6年生の夏までやっていました。私以外に、医学...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

コスト考慮、総合診療医は得意◆三重大学Vol.32015/9/5

三重大学大学院医学研究科家庭医療学講座では、研究を重視した人材育成をはじめとして、医学部1年生からの...

シリーズ:改革進む医学教育

「王監督」野球部、キャプテンとして優勝◆Vol.52015/9/5

――早慶戦の応援だけでなく、自らが医学部の野球部に入り、6年生の夏まで野球を続けた。まだ新設医大がな...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

医学部時代、競って英語の教科書読破◆Vol.42015/9/4

――慶應高校卒業後、無事、希望する慶應義塾大学の医学部に入学。1960年のことだった。学生時代、印象...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

成績優秀、慶應医学部の進学決まる◆Vol.32015/9/3

――独立自尊の校風の中、過ごした慶應高校時代。授業にもその校風が現れていた。慶應高校では、英語のほか...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

「ピッチャーで4番」野球少年から慶應高校◆Vol.22015/9/2

――北島氏と言えば、野球。慶應医学部時代は、野球に明け暮れたが、小学校時代から野球少年だった。当時は...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

「孫の一人は医師に」、祖父の一言◆Vol.12015/9/1

「私の医歴書」。8月の日本医学会会長の高久史麿氏に続き、ご登場いただくのは、慶應義塾大学名誉教授の北...

シリーズ:私の医歴書◆北島政樹・慶應義塾大学名誉教授

今後の課題は「フリーアクセス」「自由標榜」◆Vol.312015/8/31

――最後に、日本の今後の医療を担う若手医師、医学生へのメッセージをお聞きした。84歳の今でも、多忙な...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

運良く「時の流れに身を任せ」◆Vol.302015/8/30

――例えば、東大医学部入学時、あるいは卒業時など若い時代において、東大教授、自治医大学長、日本医学会...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

高校で総合診療医を“青田買い”◆三重大学Vol.22015/8/30

総合診療医の育成に当たって「研究」に力を入れる三重大学大学院医学研究科家庭医療学講座(竹村洋典教授)...

シリーズ:改革進む医学教育

研究重視で総合診療医を養成◆三重大学Vol.12015/8/29

三重大学大学院医学研究科家庭医療学講座(竹村洋典教授)は、地域医療を担う総合診療医の育成で有名だ。2...

シリーズ:改革進む医学教育

自治医大の創設時、「一番のやりがい」◆Vol.292015/8/29

――学生時代、医師になってから教授になるまで、自治医大と東大の教授時代……。定年退官後からも24年、...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

医師の長男、「長嶋一茂の心境」◆Vol.282015/8/28

――高久氏の子供は3人。うち医師になったのは長男だ。家族のことですか。家内は、あまり詳しいことは聞い...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

卓球からテニスに「転向したわけ」◆Vol.272015/8/27

――84歳になった今でも、さまざまな活動を続ける高久氏。その健康の秘訣はどこにあるのだろうか。「高久...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

専門医、「標榜」と将来は連動◆Vol.262015/8/26

――高久氏は厚労省の「専門医の在り方に関する検討会」の座長を務め、2013年4月に報告書をまとめ、2...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

医学部、新設するなら第二の自治医大◆Vol.252015/8/25

――長年、医学研究だけでなく、医学教育、医療政策にかかわってきた立場として、今の日本の医療をどう見て...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

無医地区が全国で2番目に多い県◆広島大学Vol.32015/8/24

広島県は北海道に次いで2番目に無医地区が多い。人口約280万人の県に、医学部があるのは広島大学のみ。...

シリーズ:改革進む医学教育

瑞宝大綬章を受章、「教育への評価」◆Vol.242015/8/24

――長年の血液関連の研究成果に対し、ベルツ賞、武田医学賞など、高久氏は、さまざまな賞を受賞している。...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

4年生全員が4カ月間の研究実習◆広島大学Vol.22015/8/23

広島大学は、2012年度から医学部4年生全員を対象にした4カ月間の研究実習を始めた。これまで、4年生...

シリーズ:改革進む医学教育

自治医大学長と日本医学会会長を兼務◆Vol.232015/8/23

――自治医大学長の傍ら、2004年度からは日本医学会会長に就任した。その前の数年間、副会長をやってい...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

特攻直前、「手術を代わってやれず、後悔」◆Vol.22015/8/23

戦艦「大和」の出撃は実は一見無謀の出撃に似て、その実、終戦とその後の民族復興のための祭壇に備える(原...

95歳元軍医が語る戦争「食べないと人は餓鬼になる」◆Vol.12015/8/22

戦後70年目となる今年8月15日、95歳の元海軍医、佛坂泰治氏が『「雪風」からみた「大和」の最期』(...

分子生物学の拠点作りから教育まで◆Vol.222015/8/22

学長時代の良い思い出の1つに、2007年12月の天皇・皇后両陛下の自治医大への御行幸のことがあります...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

自治医大、通勤時間は片道1時間50分◆Vol.212015/8/21

――自治医大学長の就任は、1996年。それから2012年までの16年間、学長を務めた。1996年の少...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

国立国際医療センターで厚生省とのパイプ作り◆Vol.202015/8/20

――1982年の東大教授就任時、「本当に忙しくなるのは、東大を定年で辞めた後」と言われた高久氏。実際...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

1年生から「チーム医療の基礎を学ぶ」◆広島大学Vol.12015/8/19

医学部教育の「2023年問題」を受け、全国の大学がカリキュラムの再編成に追われている。さらに、地域医...

シリーズ:改革進む医学教育

1990年東大退官、英文の論文は562◆Vol.192015/8/19

もちろん、第三内科として、日々の臨床も担当していました。ただ、当時の病院の建物は、古かったですね……...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

EPOを治験、日本での“生みの親”に◆Vol.182015/8/18

――東大教授時代、血液疾患関係の治験を多数手がけた。その一つが、貧血に用いるEPOの治験だ。私が日本...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

保守的な東大、助手選考も見直す◆Vol.172015/8/17

――1982年から自治医大教授から東大教授に就任した高久氏。当時の東大はどんな状況だったのだろうか。...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

地域に出ることで学生の視野が広がる◆筑波大学Vol.4 2015/8/16

筑波大学地域医療教育学の前野哲博教授と医学教育企画評価室の鈴木英雄准教授に筑波大の医学教育の特徴をた...

シリーズ:改革進む医学教育

東大教授、背中を押したのは「占い師」◆Vol.162015/8/16

――自治医大教授を1972年から10年間、務めた後、1982年に東京大学の第三内科に就任した。「昭和...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

存続の危機から人気病院に、水戸協同病院◆筑波大学Vol.32015/8/15

茨城県の県庁所在地で、駅前近くに位置する水戸協同病院。筑波大学の地域医療教育センターの1つだ(『教員...

シリーズ:改革進む医学教育

自治医大のカリキュラム、一から作成◆Vol.152015/8/15

――1972年から自治医大教授に就任した高久氏。教授採用以外にも、教育カリキュラムの作成など、自治医...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

地域実習でロールモデルが見つかる◆筑波大学Vol.22015/8/14

筑波大学医学群医学類6年生の足立真穂氏は、5年生終盤に地域クリニカルクーラクシップ(CC)を行なった...

シリーズ:改革進む医学教育

医局長就任、自治医大の設立準備も◆Vol.142015/8/14

「大学の設立準備には、高久教授はうってつけだった。ぼやきの高久、という仇名があり、ぼやきながらいろい...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

教員を地域に派遣、教育と医師確保に貢献◆筑波大学Vol.12015/8/13

m3.com編集部が今夏、先に実施した「医学部長アンケート」の回答大学・医科大学を中心に、さまざまな...

シリーズ:改革進む医学教育

東大紛争、研究室も封鎖される◆Vol.132015/8/13

――米シカゴ大学の留学から、東大第三内科に戻ってきたのは、1964年のことだ。1960年代後半は、「...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

教育、臨床、研究は三位一体◆山形大学Vol.42015/8/12

――山形大学では、医学教育の新しい取り組みを、他大学に先んじて実施されています。医学教育に対する基本...

シリーズ:改革進む医学教育

米シカゴ大学に留学、そこで学んだことは?◆Vol.122015/8/12

――群馬大学から東京大学に戻った後、1962年から1963年までの1年間、米国のシカゴ大学に留学した...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

教授にも「通信簿」、講義をチェック◆山形大学Vol.32015/8/11

「教授に向かって、『先生の講義、ここが問題』とはなかなか言いにくい。講義をビデオ撮影し、その内容の評...

シリーズ:改革進む医学教育

群大時代の成果は「運転免許取得とスキー」◆Vol.112015/8/11

――1958年、東大から群馬大学に移り、そこで約1年半、過ごした。「助手でしたので、ベッドの受け持ち...

シリーズ:私の医歴書◆高久史麿・日本医学会会長

臨床実習の場、大学だけにあらず◆山形大学Vol.22015/8/10

医学生が臨床実習の場で経験する症例が広がり、大学にとっても、実習の受け入れ病院を増やすことにより、臨...

シリーズ:改革進む医学教育

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