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レポート 私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授
臓器移植と同じ轍を踏まないために◆Vol.28【最終回】2018/11/28

── 生殖補助医療、再生医療や遺伝子治療、AI(人工知能)など、さまざまな新しい医療技術が...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「和田移植の検証」で負の遺産を乗り越えろ!◆Vol.272018/11/27

── 臓器移植に、人生の多くをかけてきた小柳氏。今後、取り組むべき課題の一つとして、和田移...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「偏差値重視」の医学部入試に異議あり◆Vol.262018/11/26

── 小柳氏は、偏差値が高い高校生が医学部を目指す「医学部人気」の風潮にも疑義を呈する。医...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「奴隷の10年」経験者から見た医師の働き方改革◆Vol.252018/11/25

── 医療界では今、医師の働き方改革が議論になっているが、「奴隷の10年」など厳しい修業を...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「松下村塾」の医療版、「伊賀塾」を開催◆Vol.242018/11/24

── 三重県伊賀市は人口10万人足らずの地方都市。その伊賀市で2012年7月から3年間、計...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

2001年に定年、「血の気の多い煽動者」続ける◆Vol.232018/11/23

── 2001年3月に東京女子医大を定年退職した小柳氏。いまだに臨床も続ける現役だ。スター...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

不作為がもたらす心不全患者の死◆Vol.222018/11/22

── 世界から約40年遅れた日本の脳死下臓器移植について、小柳氏は医療者も反省すべきと主張...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「和田移植」のトラウマ、日本の心臓移植の遅れ◆Vol.212018/11/21

── 重症心不全治療に向け、小柳氏が補助人工心臓と並んで医師人生をかけたのが心臓移植だ。心...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

1380万円の補助人工心臓「白物家電と違う」◆Vol.202018/11/20

── EVAHEARTとDuraHeart、二つの埋込型補助人工心臓を生み出したのが小柳氏...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

日本発の2つの補助人工心臓、女子医大から◆Vol.192018/11/19

── いくら術式の改良を進めても課題として残っていたのが、重症心不全の治療。そこで取り組ん...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

患者からの提訴経験ゼロ、病理解剖も承諾得る◆Vol.182018/11/18

── 手術症例数の多さや、新しい術式の開発以上に、小柳氏がひそかに誇るものがある。一つは病...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

40年間で7000例の開心術、世界的な引用も◆Vol.172018/11/17

── 21年間の教授時代も含め、約40年間の心臓外科医としての実績をお聞きした。私自身、執...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

女子医大で“男性医師”を集める特技◆Vol.162018/11/16

── 女子医大の卒業生は、全員が女性。男性の外科医師を集めるには、他の大学出身者を呼ばなけ...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

教授に就任、多忙で「0泊3日」の出張も◆Vol.152018/11/15

── 1980年5月、再び東京に戻り、44歳で女子医大心研の循環器外科診療科長、教授に就任...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「後任は和田君」、人生の転機は突然に◆Vol.142018/11/14

── パリから帰国し、カルパンティエに学んだ弁形成術、「フレンチ・コレクション」に精力的に...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

パリ大学、カルパンティエ教授のもとに留学◆Vol.132018/11/13

── 今野教授の死後、後任の教授ポストはしばらく空席に。小柳氏は1976年2月から1年弱、...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

42歳で自死した今野教授の教え◆Vol.122018/11/12

── 1970年、4年上の今野草二助教授が、37歳の若さで女子医大第一外科の主任教授になっ...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

心臓カテーテルの本邦初の教科書を執筆◆Vol.112018/11/11

── 1970年、4年上で、後に榊原教授の後任として、37歳で女子医大第一外科教授になった...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

聖隷浜松の初代救急医、国立大阪、北里で心外新設◆Vol.102018/11/10

── 日本における心臓外科の黎明期、小柳氏は複数の施設で心臓外科の立ち上げに携わった。聖隷...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

手術台での患者死亡も経験、死亡診断書を書く日々◆Vol.92018/11/9

── 榊原外科に入局後10年は、「奴隷」のような生活だったと言うが、いったいどんな日々だっ...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

奴隷の10年「電話のそばで眠りなさい」◆Vol.82018/11/8

── 1963年から榊原仟氏が主任教授を務める、女子医大第一外科に所属し、心臓外科医として...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「俺が榊原だ。君、決心して来たまえ」◆Vol.72018/11/7

── 1年のインターン修了後は、母校の新潟大学の脳神経外科教室に行く予定だったが、進路を大...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「ありがとう」に喜び、「小柳先生」に違和感◆Vol.62018/11/6

──聖路加国際病院のインターンの1年間は、どんな日々だったのだろうか。研修で各科を回ったが、印象的だ...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

日野原氏に学ぶ、聖路加国際病院でインターン◆Vol.52018/11/5

── 「もっといい世界があるのでは」と考え、新潟大学医学部卒業後、インターンから東京に出て...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

病理学教室の壁に飾ってあった一枚の絵◆Vol.42018/11/4

── 1956年4月、小柳氏は新潟大学医学部に入学する。新潟大学は旧制医科大学の一つで名門...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

「諸君は、国家の礎たれ」、小和田・高田高校校長◆Vol.32018/11/3

── 新潟大学教育学部附属高田小学校、同中学校で学び、地元の新潟県立高田高校に進学した。私...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

父の死、その「負のエネルギー」が人生の原点◆Vol.22018/11/2

── 小柳氏は1936年3月、新潟県上越市(旧高田市)で生まれた。父は新潟県出身。北海道大...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

人生の転機は突然に、女子医大心臓外科の一時代築く◆Vol.12018/11/1

「日本で最も多くの死亡診断書を書いていたのは、私ではないかと思っている」――。東京女子医科大学名誉教...

私の医歴書◆小柳仁・東京女子医大名誉教授

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