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スペシャル企画
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福島医大、寄付講座活用し医師不足に対応【福島編◆Vol.1】2016/3/25

もともと医師不足が深刻だった福島県は、東日本大震災による福島第一原発事故で、さらに苦境に陥った。福島...

シリーズ:東日本大震災から5年

「診療報酬、上げるべき」「患者から選ばれる医師に」◆Vol.82016/3/25

◆高齢者医療:受診行動に厳しい目・高齢者向けの医療負担は限界に来ており、削減策をどんどん進めて行くし...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

「医療費は増加するもの」「削減は必須」◆Vol.72016/3/24

◆医療費総額:増やすべき?減らすべき?【維持・増額が必要】・医療の費用は削減すべきではなく、その他の...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

被災地へ「細く長い」支援、全国の小児科医【被災3県】2016/3/23

被災地の小児医療を支援する取り組みが、震災から5年が経っても続いている。日本小児科学会、日本小児救急...

シリーズ:東日本大震災から5年

「診療所医師の経歴・実績をオープンに」◆Vol.62016/3/23

◆かかりつけ医:持つべきか否か?意見分かれる【賛成】・信頼できる、かかりつけ医が少ないため、多くの人...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

「ゴールド健康保険証」の提案も◆Vol.52016/3/22

◆予防への取り組み:各年代ともに推進支持【40代】・生活習慣病など自分の責任で回避できる疾患について...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

医師1600人の「後輩に薦めたい診療科」2016/3/21

2月から3月にかけて連載した若手・中堅座談会「2035年の医療を語る」。座談会実施に先駆け、2015...

シリーズ:m3.com意識調査

医師は「外来の定額負担」、患者は「高所得者の負担増」◆Vol.42016/3/20

※設問の詳細は文末に掲載。高齢社会を迎え医療費が増大する中、限られた医療費を適切に使うためには、どん...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

後発薬、医師と患者ともに「増える」◆Vol.32016/3/19

2016年度診療報酬改定の特徴の一つは、「2017年央に数量シェア70%」という政府目標を受け、後発...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

「地元医師」、大病院の医師より信頼◆Vol.22016/3/15

2016年度診療報酬改定の特徴の一つが、「かかりつけ医機能」の評価。2014年度改定で新設された「地...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

大病院の受診規制、患者も64.8%が支持◆Vol.12016/3/14

団塊の世代が後期高齢者となる2025年に向けて、地域包括ケアシステムの構築が喫緊の課題だ。人口の高齢...

シリーズ:m3.com×『週刊ダイヤモンド』共同企画「医師&一般人 緊急アンケート」

宮城県被災地の医療、「新たなステージ」【宮城編◆Vol.7】2016/3/6

「東日本大震災から5年(被災地の今)」の【宮城編】では、主に医師の視点から、病院再建の現状をリポート...

シリーズ:東日本大震災から5年

「死ぬことがファンタジー」、死生観の教育必要◆Vol.82016/3/6

杉原亨氏は「死の教育」が必要と指摘。渋谷一つ聞きたいことがあります。グローバルな視点です。戦後の日本...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

東北大医師2人が語る「TCF」参加のわけ【宮城編◆Vol.6】2016/3/5

東北大学の東北メディカル・メガバンク機構が、被災地の医療支援で取り組む「循環型医師支援システム」(『...

シリーズ:東日本大震災から5年

東北大「循環型医師支援システム」、延べ78人参加【宮城編◆Vol.5】2016/3/5

東北大学の東北メディカル・メガバンク機構の「循環型医師支援システム」。2012年度から2015年度の...

シリーズ:東日本大震災から5年

全壊した石巻市立病院、9月に新病院【宮城編◆Vol.4】2016/3/3

今年9月、震災で甚大な被害を受け、診療不能に陥った石巻市立病院は、再スタートを切る。津波の危険を避け...

シリーズ:東日本大震災から5年

女川町立病院、地域医療振興協会が再生【宮城編◆Vo.3】2016/3/2

女川町立病院(宮城県女川町)が東日本大震災で被災したのは、2011年4月から地域医療振興協会に運営を...

シリーズ:東日本大震災から5年

最も大変だったのは「震災から1週間」【宮城編◆Vol.2】2016/3/1

2015年12月、震災で全壊した公立志津川病院は、「南三陸病院」として生まれ変わった(『「南三陸病院...

シリーズ:東日本大震災から5年

「南三陸病院」、2015年12月に開設【宮城編◆Vol.1】2016/3/1

宮城県の沿岸部にある南三陸町。その町の唯一の病院だった公立志津川病院は津波の被害で全壊した。仮設の診...

シリーズ:東日本大震災から5年

インセンティブが重要?「医師にも成果報酬を」◆Vol.72016/2/28

司会の渋谷健司氏が達成感について尋ねた。渋谷今までの話では、先進医療は医療の進歩に必要だが、革新的な...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

座右の銘は「忍苦精進 死而後己」◆Vol.272016/2/27

――座右の銘に、「道場箴規」、「忍苦精進死而後己」という言葉があるという。柔道は生涯現役を続けるとい...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

外科医の評価、日本は低すぎる◆Vol.262016/2/26

――外科医はなり手不足。その現状をどう見ているのだろうか。2014年、IHPBA(国際肝胆膵学会)で...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

全日本医師柔道大会、1989年から連続出場◆Vol.252016/2/25

――「二足のわらじ」と言われるほど、二村氏は、医師としての仕事と同様に、柔道にも精力を傾けてきた。1...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

国際外科博物館“殿堂入り”はチームの栄誉◆Vol.242016/2/24

――二村氏がメスを置いたのは、今から4年前の2012年3月。愛知県がんセンター総長と愛知県病院事業庁...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

90歳の患者にTAVIをやるべきか?◆Vol.62016/2/24

渋谷こういうのは許せないとか、直面している問題、課題はありますか?伊藤目の前の課題では、経カテーテル...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

外科教授、手術下手では勤まらず◆Vol.232016/2/23

――病院長は1期2年で終え、2002年11月から、また教授職に専念する。2005年には第105回日本...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

腹腔鏡事故、「逃げない、隠さない、ごまかさない」◆Vol.222016/2/22

――2002年8月、名大病院で、腹腔鏡手術中の大動脈損傷による死亡事故が起き、メディアでも大々的に報...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「職員の半分が支持」で改革は進む◆Vol.212016/2/21

――国立大学の法人化を控え、繰り返し改革の必要性を説き、病院職員の意識は徐々に変わっていった。「国か...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「原動力は達成感」、金や名誉は不要◆Vol.52016/2/20

渋谷今の段階で、吉野先生はキャリアをどう考えている?日本の病院に勤務しながら、1年のうち半年はMSF...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

「胆道がん手術は、お前しかできない」◆Vol.202016/2/20

――2000年11月から2002年10月までの2年間、名大病院の病院長を務めることになった。病院長は...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「患者不在のベッドコントロール」にメス◆Vol.192016/2/19

――2000年11月から2年間、名大医学部附属病院の病院長を務めたが、その8年ほど前から、病院の運営...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「俺の体を使って、実験しろ」と恩師◆Vol.182016/2/18

――もう一人、忘れられない患者さんがいる。それは当時、名大の病理学教授として全国的にも有名だった、牛...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「5%成功の可能性があるなら、手術を」◆Vol.172016/2/17

――海外で印象的なライブ手術は、インドのムンバイ(ボンベイ)で1997年に実施した手術だという。肝胆...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

名大第一外科教授に就任、「大河ドラマを」◆Vol.162016/2/16

――1991年、48歳の時に、名大第一外科教授に就任する。名大第一外科教授就任の頃(提供:二村氏)名...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

UCLA留学の最大の成果は「柔道」◆Vol.152016/2/15

――二村氏が留学したのは、第一外科の助教授時代。1987年9月から1988年6月までのことだ。塩野谷...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

医局に入る意味は?教授職も魅力無し◆Vol.42016/2/14

「医局に入局しない」という選択肢も一般的になった。渋谷医局には入っていますか?伊藤僕は入っていません...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

塩野谷教授、「一升瓶片手に論文読む」◆Vol.142016/2/14

――塩野谷教授は、厳しいながらも、学ぶことが多い先生だったという。朝は6時に病院に来るのが、先生のラ...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

外科手術向上に必須の「三要素」◆Vol.132016/2/13

――肝門部胆管がんを専門とするようになったのは、どんな経緯からなのだろうか。経皮経肝胆道内視鏡(PT...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「二村先生、出血が止まりません」◆Vol.122016/2/12

――卒後6年目の入局。しかも先輩が多い名大第一外科の腫瘍グループ。八千代病院でのアルバイトと並行する...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

卒後6年目、名大第一外科に入局◆Vol.112016/2/11

――がん研病院で研修したのは、1973年4月から1974年9月までの1年半。その間に本当にいろいろな...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

手術の次に大事なのは「記録」◆Vol.102016/2/10

――梶谷先生にまつわるエピソードは尽きない。梶谷先生は、後進に厳しかっただけでなく、自分にも厳しい先...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

手術は逃げるべからず、「鐶語録」◆Vol.92016/2/9

――医師免許取得から5年目の1973年4月から1974年9月までの1年半、東京のがん研病院(現がん研...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

20年後、総合診療医は増える?“消える”科は?◆Vol.32016/2/8

渋谷20年後の医療、社会の変化はどうでしょうか。人口減少で地方は過疎化して、単身世帯が増え、医師がい...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

がん研で「別次元の手術」に出会う◆Vol.82016/2/8

――八千代病院時代、がん研病院に研修に行き、出会った梶谷鐶氏が、人生2人目の師となった。梶谷先生の手...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

「野戦病院」で医師の基礎を築く◆Vol.72016/2/7

――1969年4月からの卒後1年間は、柔道にまい進した後の“燃え尽き症候群”で、ほとんど研修せず、柔...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

かろうじて卒業も、1年は「遊学」◆Vol.62016/2/6

――名大医学部時代、最後の難関となったのが、卒業試験だ。6年生の時の柔道部の最後の七帝戦で優勝できな...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

七帝戦、主将で戦い、東大に負ける◆Vol.52016/2/5

――名大柔道部時代の一番の思い出は、やはり七帝戦だという。特に、思い出深いのは、優勝した大学3年の時...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

20年後、医師はコモディティ化する?◆Vol.22016/2/4

渋谷20年後の医療の在り方ということで、皆さん、どういうイメージを持っているでしょうか。20年は長い...

シリーズ:若手・中堅座談会:「2035年の医療を語る」

人生の師、岡野師範の薫陶受ける◆Vol.42016/2/4

――名大柔道部の岡野師範の下、師範が亡くなるまで5年間柔道に打ち込む、まさに柔道中心の生活だった。柔...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

柔道優先で一浪、名大医学部に入学◆Vol.32016/2/3

――ひたすら柔道の練習をし、試合に出るという、柔道一色の高校生活だったものの、授業だけは、出ていたと...

シリーズ:私の医歴書◆二村雄次・名古屋大学名誉教授

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